ちょこれいと本舗
ここはちょこさんと猫さんの経営するお店です。
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君と花火とキス。
君と花火とキス。
作成者 ちょこ
「カカシせんせっ、あっち、あれも見たいってばよ!!」
ナルトが、おれの手を引いて笑う。
浴衣にしてはちょっと珍しい、クリーム色の縮み織りに身を包むナルト。いつもよりちょっと大人っぽくて、儚気な風情がおれの目に眩しい。
ちなみにおれは、黒地に十字の模様が入ったオーソドックスな絣。ナルトには「任務の時と変わらない」と笑われてしまった。そう言いながら耳朶が赤かったことは、大人の余裕で追求しないでやったけどね。
最近は恥ずかしいといって、手を繋いで歩くこともすっかり無くなってしまったのに、今日は自分から腕を絡めてくるなんて、久々の役得。今夜のおれは覆面をしていないから、頬の緩みを隠すのが難しい。
齢十九にして初めて祭りに遊びにきたナルトは、屋台に飾られたあれもこれもが珍しいようで、子供の頃のように瞳を輝かせて忙しなく走りまくっている。
(本当は初めてじゃないんだけどね)
まだおれの腰までも背が届かない、幼かったナルトに狐の面を被せ、紅葉みたいにちっちゃな手を握って、提灯に照らされたこの小道を歩いたのは、かれこれ十四年も前のこと。
禁忌の子は、里人にそうと知れてしまってはどんな酷い目にあわされるか想像に難くなく、何があっても絶対に守り抜くのだと、強く手を握りしめたあの日。
あの頃はまだ三代目もご存命で、おれがナルトを連れ出したことに気づいたあの年寄りには、“自分が連れて行きたかったのに”とさんざん虐められたものだ……
「先生、何笑ってるってば?」
「うわ……!」
突然目の前に、ちょっとむくれたナルトの顔の超ドアップ。
しまった、思い出に夢中になりすぎて、今目の前にいるナルトのご機嫌を損ねてしまったようだ。
しかし、端整と称されるのが常となった十九歳のナルトの、こんな表情は“ちんちくりん”なんて言われていた子供の頃を彷佛とさせて、なんとも微笑ましく可愛らしい。
また笑ってしまったおれに、ナルトはますます唇を尖らせた。
「お前のガキの頃を思い出してたんだよ。小猿みたいだったちっちゃいナルトをね」
成長しても、まだおれより頭半分は下にある金色の頭をくしゃくしゃと撫でてやると、ナルトは「何それ、ひでえの」とか言いながらも楽し気に笑って、またおれの袖を引きながら目に止まった屋台へ向かって今にも駆け出しそうな勢いで歩き始める。
残念な事に、ナルトは十四年前の祭りのことを、全く覚えていなかった。
ナルトがアカデミーに入学する前、上層部の連中に嵌められたおれが彼の元を離れざるを得なくなった時、おれと三代目で二重に忘却の術をかけたのだ、それは当然のことなのだけど……。現に、下忍になったばかりのナルトと、上司として再会した時、おれの顔をみても彼は何も思い出さなかったのだから。
「あの、もしかしてうずまき上忍とはたけ上、……」
「人違いです!!!」
やばい、いつの間にか周りに女やら男やら、忍も一般人も大人も子供も群がってきている。
声をかけられたことで我に返ったおれは、きょとんとしているナルトの手を引き、とにかくこの人の輪から逃れなくてはと、今まで歩いていたのとは逆方向に駆け出した。
まったく、今日のおれは十四年前とは逆の理由でナルトに面を被せたくて仕方ない。
少し歩くごとに声をかけられて、せっかくの祭りデートを満喫することができないのだ。
“ちんちくりん”と綱手に称されていたあの頃も、やんちゃな行動と子供らしい顔の表情のせいで見過ごされがちではあったものの、よく見ればナルトの顔は至極整っていて、なかなかに可愛らしい子供だとおれは気づいていた。
しかし十九になった今、ナルトは誰の目から見ても美貌と誉れ高かった四代目、波風ミナトに瓜二つで、それでいて母の血の影響か彼よりも華奢に育った分、一見男か女か見間違うような、ユニセックスな魅力に溢れている。
忍びとしての腕も順調にあがって、今や「次代の火影に!!」との呼び声も高い。
ナルトはとうとうその努力適って、九尾という枷をぶち壊し、子供の頃からの夢さながら里中の人間に己を認めさせるという偉業を成し遂げることができたのだ。
恋人の、か細い身体に見合わぬその強さを誇らしく思う。だがしかし、今日ばかりはその人気がかなり疎ましい。
闇夜にもナルトの金色の髪はきらきらと、微かな光さえ律儀に弾いて人の目を惹き付ける。
どこかの屋台で立ち止まれば、その美貌に見蕩れない者などいなくて、そこから波紋が広がるように人の輪ができてしまうのだ。
「先生、あれはなんだってば?なんか綺麗だってばよー」
「フルーツ飴? 最近はリンゴ飴だけじゃないんだねえ」
おれの気など知らず、あちこち指をさしては無邪気にはしゃぐナルト。苦笑しつつ着いて行った屋台には、飴に包まれた綺麗な果実がところせましと並べられている。
店主は他里から来た一般人で、ナルトやおれのことは知らないようだが、類い稀なナルトの美しさにやられて、ぱかんと開けた口が塞がらないままだ。
「どれが欲しいの?なんでも買ってあげるよ」
見せつけるように肩を抱き寄せても、飴に夢中になっているナルトは抵抗する事を忘れている。
「リンゴ飴って、子供の頃から憧れてたってばよ!ああ、でもイチゴ飴ってちっちゃくて可愛い……ブドウ飴も?お兄ちゃん、どれが一番美味い?」
ナルトに声をかけられた店主はようやく我に返って
「う、……うちのは、どれも美味いに決まってるよ!ちょっと、そこの男前、可愛い彼女に甲斐性あるとこ見せてやんなよ!」
「か、かの……?おれってばおと」
「それ、ここからここまで一つずつ全種類包んで」
「まいど!」
彼女……!!やっぱばれちゃうもんだねえ。
なかなかこの店主、いいやつじゃないの。
すっかり機嫌を良くしたおれは、色とりどりの飴が山程入った袋を抱え、まだ何か言いたげなナルトの肩を抱いたまま、ほくほくと屋台の前を離れたのだった。
おれ達がいなくなった後店主が「やっぱ彼氏つきかよ」とぼやいたことなんか、知らない。
「もう、カカシせんせってば無駄遣いだってばよ!」
おれから手渡された袋の中を覗きながら、ナルトがさくらんぼ飴よりも艶やかな唇を尖らせて言う。
お説もっとも。調子に乗り過ぎてしまった。
「ま。いいじゃない?余ったらサクラやイノにでもお裾分けすればいいし」
「ダメだってば!」
袋を抱きしめたナルトの、思い掛けない言葉におれは目をぱちくり。
「だ、だって……先生がおれに買ってくれたんだもん……おれのだもん」
珍しくナルトがみせた、ささやかな独占欲。
ああ、もう、なんだってこうお前は可愛いんだろうね。
ナルトの両腕は、おれが目に着いたものを次々と買い与えるので、あっという間に食べ物でいっぱいになってしまった。
ナルトの両腕は、おれが目に着いたものを次々と買い与えるので、あっという間に食べ物でいっぱいになってしまった。
「先生、食べ物はさすがにもういいってばよ~~」
「あー、そうだねえ……じゃあ、あれは?金魚すくいにヨーヨー釣り……スーパーボールすくい……」
他にも輪投や射的など、楽し気な店がずらり並んでいる。
祭りの中でも、特にゲーム系の屋台が集まるところにきていたらしい。辺りには子供や女の子の嬌声がこだましている。
「どれも楽しそうだってばよ。ん~、金魚すくいかなあ?水槽空にしてやるってばよ!」
十四年前のことなど覚えているはずもないのに、ナルトの選択は奇しくも五歳の頃と同じものだった。
「姉ちゃん、その細腕でうちのでっけぇ金魚がすくえるかい?」
「黙って見てろってばよ!吠え面かかしてやる!……っていうかおれは兄ちゃんだってばよっ」
これも他里からの出店らしい。
テキヤらしく、ノリ良くナルトを挑発する親父。この里の者なら、昔ならともかく今のナルトにそう言えないだろう。見事釣られたナルトはむんっと勇ましく袖をまくり上げる。細く滑らかな二の腕が眩しい。
一角にしゃがみこみ、ポイを片手に愛らしい金魚を睨みつけるナルト。少し俯けば、浴衣の襟からすんなりと伸びた白いうなじが露になって、おればかりでなく他の客の視線までもが釘付けだ。
くそ、こんなことなら昨夜のうちにキスマークの一つや二つつけておけばよかった。
そんなことを思いつつ、そっとナルトの背後に被さるようにして立ち塞がり、遠慮の無い視線を遮ってやる。
「そこだっ」
ナルトの右手がひらっと舞上がり、そうかと思うとすごい勢いで水上を旋回する。
あまりのスピードのせいで金魚達は自分が掬われたことにさえ気づかず、次の瞬間には器の中で何事もなかったかのように泳いでいる。
「姉ちゃん、すごいぞー!!」
「兄ちゃんだってばよっ!!」
声援に応えつつ、あっという間に水槽の中を空にしてしまったナルトと、すっかり血の気がひいて青くなった親父。
「ま、まいりました~~~」
「ふっ。これに懲りて、今後見た目で客を侮ったりしちゃダメだってばよ?」
どこのガキ大将だか。
思わずおれは吹出してしまった。
結局、赤い出目金と黒い出目金の一匹ずつ貰って残りは水槽に返す事になったのだが、その二匹さえ受取ることは叶わなかった。
ナルトの派手な活躍のせいで、テキヤが金魚を袋に移し変えるほんの少しの間に、周りをナルトファン&おれのファンに包囲されてしまったのだ。
「うずまき上忍、一緒に写真……」
「はたけ上忍、握手してくださあい」
「ちょっと、もうちょっとしゃがんでよっ。お二人が見えないじゃない!」
老若男女問わず、すごい人、人、人……。
ナルトが人から愛されるのは嬉しい。
だけど、ねえ。
頼むから今日だけは静かにデートさせてよ~!!
「ナルト、食べ物の袋しっかり持ってね」
「ん?」
「逃げるよ!!」
おれはきょとんとするナルトを肩に担ぎ上げ、高く跳んでその場から逃げ出したのだった。
逃げ着いた先は、祭りの喧噪からすっかり離れた丘の上。
逃げ着いた先は、祭りの喧噪からすっかり離れた丘の上。
ここからも、祭りの賑やかな明かりが宝石みたいにきらきら輝いて見える。
「きれいだってばー……」
それはまさに地上の星。
神社の派手な明かりだけでなく、ちらほらと一般の家庭から漏れる小さな明かりも見える。小さいけれど、星よりもずっと温かな光だ。
丘の上、膝を抱えたナルトがうっとりと呟く。
この里を、おれはナルトが言うように綺麗だと思ったことが無かった。
この里の人間ときたら、誰かに禍いを吹っ掛けなければ己が幸せになれないと信じている。
おれの父を殺し、ナルトの父を殺し、厄災の全てを産まれたばかりのこの子に押しつけ、救われておきながら逆恨みに虐待するという、腐り切った里だ。
だがしかし、ナルトの瞳を通してみるこの里は、こんなにも暖かく人間味に溢れて美しい。
「……ごめんね、おれのせいでせっかく掬った金魚、もらえなかったね」
ナルトの肩を抱き、自分の方へと引き寄せながら呟くと、「いいんだってばよ!」と元気な声が返る。
「おっちゃんとのやりとり楽しかったし、声援もすごかったってばよー!それに、祭りの金魚はすぐに死んじゃうから……」
何気ない呟きに、おれははっとした。
“祭りは今日が初めて”のナルトが、なぜそれを知っているのか。
ナルトの顔を見遣れば、本人もなんだか不思議そうな顔をしている。何が不思議なのかわからないけど……といった表情だ。
この子の中には、確かに五歳のナルトが息づいている。
忘れさせても忘れきれない優しい記憶が、ちゃんと心の奥深く、本人さえも預かり知らぬところにこっそりと息づいているのだ。
「せんせい……?」
思わずナルトを強く抱きしめてしまったおれの背に、そっとナルトの腕が回される。
子供をあやすみたいに、ぽんぽんと柔らかく叩かれた。
「なんかヤなことあった……?」
「違うよ……」
ナルトの肩に額を押しつけ、おれは顔を上げる事が出来なかった。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて、おれの目に涙が滲んでいるのがわかっていたから。
「幸せだなあって思って」
ひゅ~~~~~っ
どどーーーん
突然地面が揺れる程の大きな音。
びっくりして二人空を見上げれば、空を覆い尽くす程に大輪の花火。
神社の方から風に乗った歓声が微かに届いた。
「すっげえ……!」
「ねぇ、ナルト」
振り返ったナルトに素早く唇をぶつける。
「木の葉の花火を見ながらキスしたカップルは、死ぬまで二人で幸せに暮らせるってジンクス、知ってる?」
「えっ、初めて聞いたってばよ?!」
「だよね」
目を丸くするナルトに思わず頬も緩む。
「たった今おれが作ったジンクスだもん」
「なんだってばよ、それ~~」
「でもね」
おれ、絶対当たると思うんだ
どーーーん
闇夜に広がる光の華が、ナルトの花のような笑顔を照らし出す。
“たーまや~~”
“かーぎや~”
遠くに気っ風の良い掛け声を聞きながら、おれとナルトは再び、二度目はさっきよりも深くゆっくりと、互いの唇を重ね合ったのだった。
終
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